透明なブルース

 腰の調子はイマイチ。 腰の中心部が重たく感じています。でも以前と違ってちょっと斜めに身体を捻るとグキッといきそうな感じはしない。 恐らく、ストレッチがほどよく効いているのだと思います。 なにせ腰の中に鉄が入っているのかと思うくらいカチカチですから、これをなんとかしないと100%の状態にはならないと自覚しています。 でも、今の状態でも腰をすわらせてピアノが弾けるようになったのは確かです。
 ところで、ずっとごぶさたしていました「ピアノを弾く」という行為ですが、先週の金曜日からいきなり復活しました。 本当に久々に思う存分弾かせてもらったという感じがします。 
 
 今までは、弾いていても自分の出す音が聴くに耐えないので結局5分ももたずにやめてしまうことが多くて、腰も、たった5分間弾いただけなのに筋肉が硬直してしまって、そんなこんなでどんどんピアノから遠ざかってしまった気がします。 とにかく、自分の弾いた音が聴くに耐えないというのはツライ。 その元凶はリズム。 
 
 リズムっていうのは、リズムをキープするとかそういう問題ではなくて、ノリなんですが、今までの私のノリというのは「セカセカ」との形容がぴったりなノリでした。 実際に弾いていても、聞えてくるのはピアノを習い始めたばかりの子供が 猫ふんじゃったを速弾きするかのようなノリの音楽で、はっきりいって聴くに耐えないので、結局5分ともたずに弾くのをやめてしまうというパターンでした。
 
 そういう意味では、ライブに出るというのも辛いシチュエーションだったかも。 途中で演奏をやめるわけにはいきませんからね。 バンド活動をお休みにしているのも、自分のそういう演奏に耐えられなくなったからなのかもしれません。
 
 で、、、この土日ですが、気持ち良くピアノの音がころがる。。。コロコロコロコロコロコロコロ♪ 
 
 速いパッセージでも、決してセカセカではなく、コロコロコロコロコロコロ♪ ゆったりとしたフレーズでは自分の思いとピアノが一体化するような感触があります。 身体全体で自然とリズムがとれる。 
 
 こうなると弾くのが楽しくて、つい1時間、2時間と続けてしまいます。 たぶん弾くのが楽しいのではなくて、自分で弾いた音を聴くのが楽しいのだろうな。  多分、このノリは、所謂西洋音楽のノリとは少し違っている(似て非なるもの)んだと思います。 もちろん、セカセカ感は無いし、音の無い空間(所謂休符時)もきれいに無音でつながってくれます。 だけど少し違う。
 
 これでブルースフレーズを弾くとめちゃくちゃ気持ちがいいんです。 でも、聴こえてくる音楽はブルースじゃない。 絶対違う。 一言で形容すると「透明なブルース」かな。 煙草の煙も酒もオンナも喧嘩も病気もクスリも貧困も哀しい歴史も裏切りも諦めも笑いも涙も暴力も死も救いもまったく感じない透明なブルース。 まぁ弾いてる人が弾いてる人だから逆立ちしても正当派ブルースのような濃い音楽は作れません。ブルースのコードを使っていても違う音楽なんです。 セカセカしていた今までと違うところは、違う音楽でも聴いてて気持ちいいことかな。 どちらにせよブルースとは違う、だから、コード進行も自由です。ブルース進行の後にIVmaj7-IIIm7-VIm がきたりします。 
 
 こんな気分で弾いたのは何年ぶりだろう。リズムについて無知だった頃(つい3?4年前)以来かもしれない。 2004年にJAZZの先生に師事してノリの意味を知ってしまって、是正しようにも出来ないで、自分のノリの悪さに辟易しながら我慢して弾くという拷問からおさらばすることができるのでしょうか。
 
 今までも何度か、これはイケルと思った時があったけど、翌日にはまた元にもどってしまいました。 今回はどうなんでしょうか。 今までと違うところは、腰が良くなりつつあることと二日間続けてうまく出来たこと。 少し期待を込めて、あせらずにしばらくは自分の音を純粋に楽しみたいと思います♪ 齢48にて、ようやく辿り着いた音楽の世界への入り口。 今、そこに足を踏み入れようとしているのかも。
 
  フリーダウンロードに載せている曲も全てセカセカがベースの曲なんですが、逆にそれを無理やり小手先で矯正しようとして変な感じになってしまっています。このまま、覚醒がうまいこと続いてくれたら、新しい世界の曲が作れるかも知れません。 期待しないで待っていてください♪

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