カテゴリー: 思い出

クラッシック喫茶とJAZZ喫茶

前の記事で、「しあんくれーる」のマッチの写真を掲載したら私と同年代の方々から、ある意味、いろいろな反応があったので、調子に乗って、これもuploadしてしまいました。

 

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左のマッチは、Jazz喫茶(といかJazz Bar)のYAMATOYAのマッチです、右は、YAMATOYAのすぐ近くにあった(歩いて数歩)「きまぐれ亭」というFusionを聴かせてくれる喫茶店のマッチです。(当時何故かマッチを蒐集していて何故かそれが今も残っている)

私がこういう店に夜な夜な出没していたのは、1981年から1985年までの間で、消え行くクラッシック喫茶と台頭するCareBarの栄枯盛衰を肌で感じながら音楽を追い求めていたのがつい昨日のように思えます。

 

YAMATOYAは現在でも続いている長寿のお店ですね。

 

あの当時のPiaとかを今読んだら感涙ものだろうななどと思う今日この頃です。

 

まぁ、たまには過去を思い出すのも良いですが、一晩寝て、明日の朝には未来をしぶとく生きましょう。

 

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「雨の日と月曜日は」

以下の記事は2005年7月にUpしたものの再掲載です。
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「雨の日と月曜日は」
 最近、雨が降っていません(嘘です 降りまくりです)。 というか、「雨」を意識して生活していないのです。  雨を意識せず生活する.. 改めて考えると、つまらない生活ですね。
 小学生の頃、日曜日に雨が降って、ひとりで留守番しているとき、ザーッという遠くの雨音とポタポタ..トントン?という近くの雨音、そして時々聞こえる車が雨の中を通っていく音、何故か表を通る人の足音まで聞こえていたような...が織り成すシンフォニーを聞きながら、薄暗い部屋の中で、ボッーっとしていたことをよく思い出します。
 「今、降ってきて地上に届かんとしている雨粒はいったい何個あるのだろうか....」など、実際、目で見えているのに神様にしかわからない「設問」の存在を意識させてくれた「雨」。 
 シトシト降る雨はとてもやさしい。 メランコリーという言葉がぴったりとハマります。
 静かな部屋で、静かな環境の中で、小さな雨音のシャワーを存分に浴びること。 これは、今の生活環境では実現困難なことになってしまいました。 どこにいってもザワザワとした雰囲気。。。 自分の部屋ではインターネットや音楽で気もソゾロ。。。 それとも、これは自分だけで、他の人には聞こえていているのだろうか、私だけ聞こえないのかな? ただ単に、年齢的な問題で、私の息子たちには、ちゃんと聞こえているのだろうか? 
 雨音がちゃんと聞こえる自分を取り戻さないとマズイかなと思いつつも日常に流されていく軟弱な人間がここにいます。 雨音が聴きたいなんて言うと、今の世の中、「雨音聞いてナンボになるんじゃぃ!ボケ!」と一喝されてしまいそうですが、でも もう一度静かぁ?な場所で、心静かに雨音を聞きたいなぁ。。 と思ってやまない今日この頃です。

昔のミッキーマウスに思ふ

大津パルコで、昔(戦前?昭和30年頃まで)のおもちゃの展示会みたいなイベントをやっていたので 覗いてきました。

  昔のミッキー君の人形が展示されていました。 なかなかリアル=ねずみそのもの な顔つきですね。

  私は、40代ですが、昭和30年代(小学校入学まで)というのは、このミッキー君のような香りがしていたような気がします。

  手作りで「個」を大切にしていた時代。 最新の電車だって最高時速60Km/hで走っていた時代。

  近所を走っていた 西武新宿線なんかは、各駅停車なんて時速40キロしか出ていませんでしたよ。

  この辺りの時代が、全てにおいて、人間の個体能力の限界だったのかなと思います。 

でも なんだかんだ言って この時代に そっくりそのまま戻りたいとは思いませんよ。

  悪いところは すっかり忘れているものです。 良いことしか憶えていないにきまっています。

  120km/hで爆走するJR西日本の新快速に こぇぇぇぇ と冷や汗流しながらのって、身勝手で軽薄なマスコミのことはなるべく考えないようにして(腹が立って健康に悪いし)、新幹線に、「東海地震が来たらおしまいだなぁ」 と思いながら乗ってしまいます。

  そんな心配ごとばかりの現代ですが、今の時代の方が 昔にくらべて 格段にモラルの良い世の中だと思います。
 
  昔の方が、人間が出来ていたなどというのは 老人の戯言であって大嘘です。
  昔は、

   権力者は 今の時代より格段に しかも 理不尽に一般大衆に君臨していた。賄賂や抜け道は当たり前の社会だった。
   
   子供の いじめは 今よりも もっと陰湿でした。
   貧富の差が烈しく、最貧民の人たちは 虫けら同然でした。
   重い病気は治らないものでした。 
   昭和20年代までは 人身売買すら行われていたという。。。
   とにかく 今よりもずっと 理不尽 な世の中でした。
  
  ただ、時間の流れは とても気持ちよかったに違いない。。。。 夢があったしね。

  昭和38年頃、当時宮崎の田舎で幼稚園児だった私。 毎日毎日虫取りで走り回っていました。

  夕方になると、豆腐屋さんが自転車で回ってきて、ピープ? という独特の笛というかラッパを吹いて近づいてきます。

  それを合図に一目散に 家に帰ると、白黒TVで、相撲中継をやっていて、千秋楽の拍子木のカーーンカンという音と、行事のうなり声が聞こえていた。 それが毎日毎日繰り返されて 一年が過ぎていく。 そんな感じでした。 
 
  僕らは これからどうしていけばいいのか 技術革新は元に戻せないけれど、時間の概念は少し後戻りしてもいいんじゃないかと思う。 ただ、そのためには、経済的にかなりのダメージを負うことを求められます。

 JRの事故も最新ATSを装備したらそれでOK、JR西日本が改心したらそれでOK、日勤教育をやめたらそれでOK(これはやり方の問題であって、これをやめてしまったらもっとひどいことになります) という代物ではありません。 私は、時間の尺度を昔ののんびりした時代の頃に戻したいと切に願います。 ただ、これは所詮叶わぬ願いでしょう。 ならば、自分で危険予知をして自分でコントロールすることが必要になってきます。

 大変な時代になってきました。