土管の思い出

以下の記事は2005年11月にupしたものの再掲載です。

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私には”ふるさと”が無い。。というか、帰るべき故郷が無い と言った方が正しいかもしれない。

心の故郷は、東京の中野だ。 6歳から16歳までのたった10年間を過ごしただけなのに、一番帰りたい土地だ。

 でも、今、中野には帰るところがないので、たまに郷愁を誘う出来事があったりすると 行き場の無い故郷への思いが空中で渦巻くことになってしまう。

 
 当時の中野には、空き地がたくさんあった。 よく漫画に出てくる、下水管がころがっていそうな空き地である。 当然、子供たちはそこを根城にしていろんな遊びをした。 虫取り、カンケリ、野球、鬼ごっこ、そういえばポコペンなる謎の遊びもはやっていた(ルールは忘れてしまった) そんな中で、よく憶えているのが、TVのブラウン管に石をぶつけて壊す遊び。

 小学生だった当時、白黒TVからカラーTVへの買い替え時期だったのか、とにかく空き地にTVが必ず捨てられていた。それを見つけると、われわれは大喜びで、拳大の石を持って いっせーのせでTVへ向かって投石を開始する。

 ほどなくして、ボッカンという音とともにブラウン管が破裂する。 戦果を確認しにTVに近づくと、騒ぎにびっくりして飛び出してきた虫たち(コエロギとかカマドウマとか)がパニックを起こしていたりしたが、「今回はいい音だったなぁ」とか一応戦果を総括して、その遊びは終了した。

 たまに、それで終了せず、中の基盤?を取り出して、真空管を抜き取り、今度は、真空管を壁にぶつけたり、ふんづけて割ったりもした。 そんなことをしていても、一切お咎めなしだったと思う。 いや、もしかしたら地域住民に見つかってこっぴどく怒られたのかもしれないが、そんなことは忘れてしまっているのだろう。 

 中学生になってからは、さすがにそんな遊びはやらなくなったが、今度は、「真空管を抜き取ってそのまま大事にお持ち帰り」するようになった。 1970年当時に捨てられていたTVは、全て真空管か、音声信号のみトランジスタを使い、映像処理は真空管 という感じのものが多かった。

 全てトランジスタを使ったTVは、わざわざ「ソリッドステートTV」という称号を与えられて威張っていたような気がする。 なにせ、真空管のTVは、スイッチを入れてから画面が出てくるまで30秒ほどかかったのに、ソリッドステートTVは一瞬で画面が映るので、それはスゴイことだったのだ。

 話が逸れたが、真空管のお持ち帰りは、当時の私の趣味だったのだ。 そう、真空管のラジオやアンプを作るのが趣味だったのだ。 お約束のアマチュア無線もやっていたし、実は秋葉原には小学校4年生の頃から独りでラジオ会館のあたりをうろついていた。 結構筋金入りのオタクだったのである。

 お金のないオタク中学生が安価でラジオを作るために目をつけたのは、TVで使う真空管だった。 水平出力管を主に拾い集めていたが、結局それらを使ったラジオが完成することはなかった。 要は何もわかっちゃぁいなかったのだ。 

 そういうわけで、結局使われずにいた真空管や部品たち。 実は、まだ実家の押入れの中にしまってあるのだ。 2年前実家に帰ったときに発見した。 それを見たとき、頭のなかでは、「幻の真空管を使った自作エフェクター製作プロジェクト」や「ヤフオクに出したら以外に高値で売れる計画」など一瞬のうちにいろんなことが思い浮かんだが、まだどの計画も陽の目を見ていない。 

 まぁ、何が言いたいかというと、どうやら「私の原点は空き地でありオタクだ」 ということ。 大人になり、もうすぐ爺の領域に足を踏み入れようとするこの時期にこそ、原点回帰が必要かな ということでした。
 
 少し、音楽について書いておくと、

  小学生時代の空き地のBGMには 「ピンキーとキラーズ 恋の季節」

  中学生時代のゴミ捨て場のBGMには 「Bad Finger の Day after day」
 をあげておこう。

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